昔、学生時代にバイトしていた会社の社長に、馬鹿みたいにトータルで500万円も貸したらバックレられ、やむなく裁判したら自己破産されて踏み倒されたドキュメントになります。
なぜ貸したのか? 返してもらおうとしてナニをやったかなど、
そのあたりの過程で遭遇した、苦い社会勉強のアレコレを記しました。
馬鹿なわたしの経験ですが、読んで下さる方の肥やしになればと思って書きました。
では、どーぞ。
おう、200万貸せや
「おう、200万貸せや。来月返すから」と、カマキリに似た三角頭は言った。
およそ人に借金を申し込む人間の物言いではなかったが、この人いつもこんな感じだったから、違和感は無かった。文字にすると厳つい親父を想像するかもしれないけど、実は立ち上がったカマキリみたいに痩せていて、髪の薄くなった三角頭を首の上に乗せる貧相な50代後半の男だった。
おまけに声だってカン高くて迫力にも欠けている。
営業畑の人で、調子が良くて図々しい。そして愛嬌があって馬鹿。
なんだけど、じつはそれがヤツの強力な営業の武器で、相手に嫌われずに、しつこく粘る技術に長けていた。そしていつも最終的には、「しょうがねぇなぁ…」と、相手を折れさせて商談をまとめてくる。
人としてはいかがなものかと思うところが多かったが、営業職としては優秀なヤツだったと思う。
わたしとの関係は、わたしがまだ学生だった頃に、このカマキリ頭が社長をやっている会社でバイトをしていたことに始まる。社員2名のその会社の、記念すべき最初の学生バイトだった。
どうしてここでバイトをすることになったのかは、はずれ穴に吸い込まれるパチンコ玉の力学みたいなもので、数奇な出会いに振り回された結果だった。
あのとき、バイクを止めて「これからバイトの面接に伺います」と電話さえしなければ、その後の人生はだいぶ違っていたと思うんだ。説明すると長くなるので、このあたりのアレコレは割愛します。
今から話すこの話は、バイト時代から10数年ほど後の話になります。
もちろんわたしは別の会社に就職して社会人になっていたけど、なんとなく付き合いは続いていて、たまに食事したりもしていた。
まぁそんな関係だったから、社長とバイト学生といった心理的ヒエラルキーが維持されていて、金を借りる側の態度がナンダカ尊大だという理由も、ご理解いただけるかと思います。
「ええっ、200万ですか…」と最初は渋ったものの、
最終的には貸してあげることにした。
これは、わたしの承認欲求の悪魔が背中を押したからだと思う。
すでに社会人になっているのに、相変わらず学生バイト扱いされる関係をひっくり返したかったんだろうな。ひょっとして狡猾なあいつは、それを見透かしての借金の依頼だったのかもしれない。
一か月後、貸した200万円は無事に帰ってきた。
当然返してもらえる前提で貸していたので、べつに意外ではなかった。
それからしばらくして、また借金の依頼の電話がかかってきた。
「おう、300万貸せや。来月返すから」
額が増えているけど、前回は返してくれたことだし、馬鹿なわたしはまた貸してしまった。
「あと200貸してくれ、そしたら合計500でキリがいい、なっ」
約束の一か月が過ぎても連絡はなかった。
催促するかどうするかで迷いだしたころに電話が来た。
「おう、200万貸せや」
よく言えるよこんなこと。それよか、この前貸した300万を返してほしいと言ったが、今は返せない、返すためにもあと200万必要だ。だから貸してくれと言う。
押し問答を続けていると、あのフレーズが出た。
「あと200貸してくれ、そしたら合計500でキリがいい、なっ」
これを聞いたら、今だったら絶対に貸さない。
なぜならこのセリフは、「もう返す気が失せたから、最後にもうひと毟りしておこう」というときに出る言葉だということを、身をもって知っているからだ。
当時も薄々気づいていたが、違うと信じたかった気持ちもあるし、ここで貸さないと前回貸した300万は絶対に戻らない予感がしていた。
ギャンブルにハマって、すった金を取り戻そうと、さらに危険な賭けに沈んでゆく。それと同じ心理メカニズムの泥沼に、ずぶりと足を踏み入れてしまった。
結局、貸してしまった。
これで合計500万円もの大金を、危険を感じながらも、
こんなカマキリ野郎に貸してしまった。
自己肯定感の低いわたしだったから、だれかを救って感謝されて、承認欲求を満たしたかったってのもある。でもその手段として、大金を人に貸すということが、いかに愚かな行為であるのかを、これからたっぷりと味わうことになるのであった。
あーあ…
今思い出しても、自分の馬鹿さかげんに呆れる…
「いま相撲がいいとこなんだ。ガチャ」「・・・」
お察しのとおり、返済期限になっても連絡は無い。でも放置しておくわけにもゆかず、電話をかけた。
「今は精神的にメタメタなんじゃ」と言ってウザがられ、一方的に電話を切られた。
何度か日をあけて電話を繰り返した。
でもいつも同じだ。まるでこっちが迷惑をかけているかのような対応だった。
不快感もあらわに「今は精神的にメタメタなんじゃ!」と言って切られた。
でもさすがに、「いま相撲がいいとこなんじゃ。ガチャ」と切られたときにはトサカに血が上った。もう電話してくるなという口ぶりで、上からの態度を隠そうともしなかったからだ。「警察呼ぶぞ」と言いかねない口調だった。
そしてその振る舞いの裏には、ほんとうに「今相撲がいいとこなんだ!」という成分が含まれていることが感じ取れて、よけいに腹立たしかった。相撲の方が重要なのかよ…
これはもう、直に会って話をしなければ埒が明かないと思った。同時に、貸したお金が返ってこない予感が霧のように湧いてきて、ゾッとした。霧の立ち込める沼の深みに、ずぶりんこと、着実に沈んでゆく気分だった。
「おれには、一回は金をだまし取る権利がある」「はぁ?」
なんだかんだ言って電話を切ろうとする相手を説得して、なんとか直接会って話をする約束を取り付けた。
数日後、指定の喫茶店で押し問答が始まった。
やりとりの細かい所はもう思い出せないけど、借金を返す気が無い人間が言いそうなことを聞かされ続けた。言ってることは論理がめちゃくちゃで、聞いてる自分の表情は、きっと虚ろな煮干しのようだったことだろう。不毛な時間が流れ、ついにヤツは言った…
「おれは昔、騙されて金をとられたことがある。
だから、一回は誰かを騙して金を奪う権利があるんじゃ!」
ああ、こりゃもうだめだと悟った。
このままでは、こいつは絶対に返さない。そう思った。
それにしても50を過ぎて、こんな小学生レベル、それもアホ寄りの小学生が言いそうなセリフを吐くとは…
低能なのは営業ツールであって、阿呆を装っているだけなのかと思っていたけど、どうやらそうじゃないらしい。カマキリ頭には、昆虫並みの脳味噌しか装備されていないようだ。グラスの氷を口に含んでモゴモゴやっている様子は、まさにカマキリの口元を連想させ、昆虫を相手に交渉している気分にさせられていた。
それでもなんとか、狂ったファンタジー論理を展開し続けているカマキリ頭に、借用書を書かせることには成功した。メモ用紙に殴り書きの借用書ではあったが、無いよりはずっと良い。
恐ろしいことに、借用書も無しに500万もカマキリ頭に貸していたわけで、自分もなかなかのスーパー馬鹿だったとつくづく思う。思い出すたびに玉ヒュンだよ。
「あ、もうこんな時間だ!」わざとらしく言い捨てて、カマキリ頭は立ち上がり、そのまま喫茶店を出て行った。
「おう、つけといてくれや」レジでそう言っているのが聞こえた。これで周囲の第三者には、目下のものに説教でもしていたかのような印象を与えたことだろう。こういうことだけは抜け目のないカマキリだった。
●カマキリ頭はゴブリン似
ところで、これを書いている2023年になって思うことだけど、今までカマキリ頭と書いてきて、確かにその通りなんだけど、全体から受ける印象としては、アニメの『ゴブリンスレイヤー』に出てくる、秒で頭をカチ割られるタイプのモブゴブリンがとても近い。野卑で小ズルく、知性も体力も平均以下。
ま、虫っぽいけど、ゴブリンの方が近縁な種だとイメージしていただけると、より実像に近くなるかな。
役所の弁護士無料相談所にはいかない方がマシって話
数か月が過ぎたが、むろん連絡なんて無い。
こんなに放置してしまった理由は、これまでの人生で、裁判になど縁が無かったからだ。なんでもそうだが、初めてのことは敷居が高い。踏み出すには勇気が必要だった。
会社の先輩に相談してみたら、「諦めろ。社会勉強の学費だ(笑。また稼げばいいじゃん(爆笑」だそうだ。自分が500万も踏み倒されたら、同じことを自身に言えるのか?
日頃、なにかと偉そうに「困ったときには俺に言え。知恵を授けてやるからよ」と言っていた先輩なんだけどね… そしてその言葉の裏には、「だからその時まで、俺には良くしておけよ」という下心を臭わせていた。
わたしが大損したことがうれしくてたまらないらしく、目と頬が、隠しきれない歓喜で輝いていた。
●信用してはいけないヤツとは
日頃カァカァと立派なことをのたまうヤツ、人の道とか、感謝とか、そんなあたりまえの講釈を垂れるヤツ、善人アピールや、自分を大きく見せようとしてグイグイ語るヤツ、
そんな連中を信用してはいけない。
いざとなったら、必ず理由を付けて逃げる。
「だってしょーがねーじゃん」とか、
「やろうとおもえばできるけど、今はその時ではない」とか、
「もう遅い。手遅れだ」とか言って、軽やかに裏切る。
100%そうだった。
言ってることって、ほんとに信用ならないよ。
大事なのは、そいつが言っていることではなく、”やっていることを見る”こと。
助けてくれるヤツは、いつも黙って助けてくれる。
技術職で、世事に疎いわたしだから、法的処置に出ることのハードルは高かった。それでも調べたところ、裁判にはやたらと金も時間もかかるようだということが分かった。
また、役所には無料の法律相談コーナーがあって、弁護士がいるそうなので、まずはそこに行ってみることにした。無料相談とはいえ、会社の先輩よりはマシだろう。
役所に電話して予約をとった。
後日、役所に行き、弁護士の無料相談コーナーの扉をノックした。
あれ? 返事が無い…
何度か繰り返したが同じだ。案内してくれた役所のオババが、手ぶりで「いいから行け」と促してきた。このままでは埒があかないので、「失礼します」と言って中に入った。
奥にでかいデスクがあって、その向こうに横を向いたデブが座っていた。横目でこっちを一瞥すると「あぁ」とか「むぅ」とか言って、視線を再び中空に向けた。この不遜な態度は、不機嫌と、上下関係を表現するのに十分なものだった。
ブタが上で、わたしは下というわけだ。
またやっかいなキャラが現れたと、気分が沈んでいった。
座って、今日訪れることになった経緯を説明をした。邪悪なドラエモンみたいなブタは、相変わらず横を向いて中空を見つめている。聞いているのだろうか? もしかして寝てるのか?
「―ということなのですが、貸したお金を取り戻すには、どうするのが最善でしょうか?」
「裁判か、民事調停。民事調停は混んでるから時間がかかるかもな」そして、口から頭蓋骨が出てくるのではないかと心配になるほどの大あくびをした。
それだけだった。
弁護士だか何だか知らんが、終始横向きに座って対応する、こんな糞ブタに教えを乞うことは、ミジンコのションベン程度の自己肯定感しか持ち合わせていないわたしですら、これ以上は自尊心が許さなかった。
さっさとブタに見切りをつけて、「今日はどうも有難うございました」と、こちらから切り上げて出て行こうとしたら、ちょっと待てと、本日初めてこっちを向いた。
そして、机のわきに積んであった、民事調停や、東京弁護士会などのパンフレットをかき集めて、ほらよっと渡された。以上で、このブタ弁護士の仕事は終わりなのだろう。再び横を向いてそっくり返り、中空を虚ろに見つめる待機姿勢に戻った。ロボット掃除機かよ…
弁護士って、頭の中は金金金金だ。ここまでは一般人の屑どもも似たようなものだけど、特権を与えられた資格持ちだから、自分が上位で、金を払う側が下位という意識が、ゲスいタイプの人間のリミッターをはずしてしまう。
このブタ弁護士の横柄な態度は、そういうことなんだろう。
昨今では、弁護士が成年後見人制度を悪用して、ご老人から金を毟り取っているという悪評を聞くが、わたしの遭遇した屑弁護士どものことを思い出すと、まったく意外ではなかった。
「そりゃそうなるだろうよ」と思った。
特権意識は、人を腐らせる。
つまり、弁護士なんかにかかわるなってことだ。
帰って民事調停ってやつを調べたところ、費用は5千円程度で済むみたいだけど、デメリットが多い。一番の問題は、強制力が無いので、相手が民事調停に応じてくれないと一歩も進まなくなることだ。
つまり、お互いに問題を解決する意思を持った当事者同士でなければ、機能しないと思われる。
借金を返す気が無いヤツ相手に、民事調停が通用するとは思えない。
あのカマキリ頭のゴブリンが、果たして応じるだろうか?
ダメ元で、カマキリ頭のゴブリンに電話して聞いてみることにした。ああ、間抜けだと思うよ。でもさ、30代半ばの庶民の現金500万。超大金だよ。ガチの裁判となるとまた金がかかるし、そうなりゃ泣きっ面に蜂。
それに、民事調停は申し込んでから開かれるまで数か月待たされる。数か月たってから、「行かねーよ」とケツをまくられたら、またぞろ振出しに戻ることになるじゃないか。
だから、馬鹿げていることは承知のうえで電話した。
「民事調停に出席してくれますか?」
「行くわけねーだろ、みっともない。ガチャ」で電話は切られた。
民事調停という単語を聞いてからの、「行かねぇ」と言った反応速度から察するに、民事調停に強制力はなく、無視すれば良いということを知っていたに違いない。過去にも経験があるってことなんだろう。ご経験豊富ってわけだ。
もう裁判しかない。賽は投げられた。でも、裁判なんて初めてなんだよなぁ…
日本弁護士会へ
霞が関にある日本弁護士会の法律相談センターに、電話で予約した。
無料ではない。たしか5千円/30分だったと思う。
※調べたところ、2023年 5月 の時点で以下の通りだった。(日本弁護士連合会)
「相談時間はおおむね30分、相談料は地域や相談内容により異なりますが、5500円前後とお考えください」
日本弁護士会の法律相談センターに到着して、指定された部屋に入ると、厳めしくでかい机についていたのは、またもや異様な人物だった。
こんなにカッコよくなかったですけどね。
山羊の頭をした、悪魔か魔術師かと言った風貌の、一目で普通の人間ではない異様な雰囲気をまとった、50代後半くらいのおっさんだった。髪はボサボサのロン毛のオールバックで、黒いダボダボのジャケットを着ていた。
「弁護士の○○です」と言った声は、太く濁った、いわゆる銅鑼声で、必要以上に大きかった。
つまり、あまりかかわりたくない人種の声だ。ああ、またかよ、また様子がおかしいのが現れた…
事情を説明し、最後に料金の話になった。
「まず最初に現金で30万だ。え? 明細? いろいろあんだよ。印紙代とかな。
返済はおそらく分割になるだろうから、まずは俺の口座に振り込ませる。
そこから1割を引いてからあんたの口座に振り込む」
わたしが考えていると、その山羊頭はこちらに身を乗り出してきて言った。
「おれに頼まねぇと、金はかえってこねぇぞぅ」銅鑼声でそう言った。
この日、わたしは仕事を休んで来ていたので、革ジャンにGパンという姿ではあったけど、トゲトゲとかリベットとかの付いているパンクな革ジャンではなくて、A-2ジャケットをカジュアルにした感じのコゲ茶色のものだった。
だから問題ないと思っていたけど、無礼だと思われたのかな? スーツ着てこないとダメだったのか?
それにしても、出てくる連中が、ことごとく非礼な態度をとってくるのはなぜだろう? たしかにわたしの見た目が、”お人好しの馬鹿”であることは薄々感じていた。だけど、だからといって初対面の相手にこんな態度をとるのは、どこか異常な人格の人たちだと思う。
もういい。わかった。別の弁護士に代われとも言えないし、これ以上ゴタゴタしたくなかった。この出来損ないの悪魔みたいな見た目の、山羊頭弁護士に依頼することにした。
「べん、ごっしーの、山羊頭です!」
またもや、けっこうな月日が経過した。
会社で仕事中に、「電話だよ」と言われて出ると、例の銅鑼声が聞こえた。
「べん、ごっしーの、○○です!」
油断していたので焦った。
おいおい、最初に出た人にも大声で弁護士って名乗ったんじゃないだろうな? 弁護士から電話があったなんて知れたら、会社で噂になるだろうが。少しは配慮してくれよ…
小学生がスマホを持つ現代ではありえないと思うかもしれないが、当時は携帯電話すらまだ普及していなかったから、こういった他人に知られたくない系の電話もたまにかかって来ていた。
フィリピンパブのねぇちゃんとか、借金取りといった類の電話もちょいちょいあって、噂好きな連中の良い燃料になっていた。
話がついたそうだ。
毎月10万の分割。そして、そこから山羊頭弁護士が1万抜いて、残りの9万をわたしの口座に振り込むそうだ。
それは良いのだけど、返済が途絶えても弁護士が動いてくれるわけでは無いようだし、返済の期限も設定されていない。そして、月々の返済が遅れてもお咎めは無い…
ちょっと待て。これってさ、ピンハネが1割噛んだだけで、状況は何も変わってないのではないか?
山羊頭弁護士にそう言うと、「うにゃうにゃ、うげげ」と、とぼけたことを繰り返すばかりだった。電話では埒が明かないので、山羊頭弁護士の事務所に行って話をすることになった。
意外にも、山羊頭弁護士は「やっちまった…」的なしおらしい態度になっていた。これまでの「俺に頼まないと、金はかえってこねぇぞぅ」なんていう、悪魔的な物腰は影を潜めていた。自分の介入が、状況を好転させていないことに気づいたんだろう。
小一時間話したが、いかんともしがたく、ここにいることが無駄であると悟った。「まぁ、裁判に負けたわけではないし…」と言って、無理に納得した振りをして帰ることにした。
この事務所にはもう一人、別の弁護士がいて、そいつがあからさまに、わたしを睨みつけていた。わたしが、山羊頭弁護士の仕事の結果に、不満を持っていることを知っての威嚇なんだろう。まったく弁護士って連中は… そんな目を見たのは、薬中と刑事とお前らくらいだぞ…
いろいろむかついたので、その足でまた日本弁護士会の法律相談センターに向かった。
山羊頭弁護士を訴えてやろうと思ったからだ。(この日、わたしはどうかしていた)
予約はしていなかったけど、すんなり通された。
今度の弁護士は、田舎の村人風の、ごく普通の禿げた爺さんだった。
いきさつを話すと、「弁護士仲間をつつくのはねぇ… ちょっとねぇ…」だそうだ。庇いあっていて話にならない。医者は医者同士で庇うし、弁護士もだ。仲間をつついてデメリットになることはあっても、徳になることが無いからなのだろう。
仕方ない。結局、相談料5千円を支払って、ムカムカしながら帰った。
でも、なぜか謎の爽快感があった。馬鹿なあがきをしてしまったとはいえ、やれるだけのことはイロイロやったからかな?
「自己破産したからチャラだ」
かくして、毎月9万が振り込まれてくるようになった。
そして案の定、それは数回で止まった。5回くらいだったかな?
家に電話が掛かってきた。知らない弁護士からだった。
「弁護士の△△です。カマキリ頭のゴブリンさんの件なんですが、自己破産したんで、債務はチャラになりました。だから諦めてね。あい、あい、それじゃ、ガチャ」
一方的にそう告げて切りやがった。脱力した。
あの500万円を貯めるのに、どれだけ徹夜したことか。
手数料収入や、土地ころがしで得たあぶく銭じゃないんだぞ。
こつこつ奴隷仕事をして、やっと貯めた金なんだぞ。くそぅ…
六畳一間のアパートで身をよじり、体育座りをしたまましばらく動けなかった。
結局、弁護士費用を含めた531万のうち、回収できたのは45万円だった。つまり、500万円のうち、帰ってきたのは正味14万円ということになる。言い換えれば486万円が消えたわけだ。
しかし、自己破産でチャラっておかしくね?
自己破産でチャラになるのってさ、金貸しを生業にしている業者からの借金だけであるべきで、助けてくれた恩人に対しても適用するっておかしくね?
そのくせ税金はチャラにならんらしいから、お国のえげつなさにも呆れるよ…
「おれの権力で、他の奴らからの借金はチャラにしてやるけど、 俺の分(税金)はチャラにはしない。きっちり払えよ」ってことだからね。
エピローグ
それから10年くらいして、偶然にも街角でばったりカマキリ頭と鉢合わせした。
「おれはもう過去とは決別したんだ。過去のやつらはもう関係ない。
お前は過去の人間だ。話しかけるな」
と言われた。
まるで悲劇のヒーローみたいな、臭い台詞をいくつか吐いて去っていった。
どうやらわたしは悪役らしい。ブレない自己中ぶりに辟易した。
もしかして、いや、きっとサイコパスなんだろうな。
そういや金を貸した時から、ちゃんとした感謝の言葉なんて一度も無かった。借金を踏み倒しておいて、謝罪の言葉はミジンコの糞ほども吐き出さなかった。やっぱサイコパスだわ。
そしてまた数年が過ぎ、風の便りでカマキリ頭のゴブリンが死んだと聞いた。
だれかに刺されたとかじゃなく、布団の上でポックリ急死だそうだ。頭か心臓か大動脈わからないけど、おそらく血管系のトラブルだろう。酒もたばこもやっていたから、そんなとこだろうよ。
わたしの他にも金を借りまくって、負債は3億ほどだったそうだ。そして自己破産して、責任から逃げてケツをまくった。奥さんとは偽装離婚し、会社は名前を変えて存続させ、何食わぬ顔で暮らしていやがった。
周囲の人々に不幸を撒き散らし、最後は布団の上でポックリ逝った。
とことん傍迷惑なクソ野郎だ。
こいつの墓は、蹴り倒してやりたい。
まとめ
・目上の人間に金を貸してはいけない
目下のものにまで「金を貸してくれ」と言ってきているということは、もうだれも貸してくれない状況に陥っているに違いない。そして、すでに何倍もの大金を複数の人から借りていると思った方が良い。あるいは、借金を踏み倒しても危険のない相手だと軽んじられたか…
いずれにせよ、もうその時点で”返済する気が無い”可能性が高い。
・相手にとっての自分の価値を試算して、それを超える金は貸しちゃだめ
500万円もらえたら縁を切ってもかまわない友人ってどのくらいいますか?
そんだけもらったら、ほとんどの友人との縁を切れるんじゃないですか?
相手にとっての自分の価値って、けっこう安いと思うべき。
悲しいけど、そういうことだと思います。
だから、個人が大金を貸してはいけないってことです。
・自分の身を危険にさらして大金を貸しても、相手は感謝なんかしてくれません
目下の相手から借りたお金ならなおさらです。追い詰められれば、プライドが邪魔して逆切れします。
人は、どんな屁理屈をつけてでも自分を正当化します。自己破産して踏み倒しておきながら、「お前は過去の人間じゃ」と言われます。ってか、言われました。
・弁護士なんて連中とは、接点を持たない人生が吉
特権を与えられた人間は傲慢になります。
初心が崇高で清廉あったとしても、それを保ち続けられる人は僅かです。
ましてや、もともとサイコパスの素養がある人間ならば歯止めが利かなくなる。
必要な仕事ではありますが、代理喧嘩屋みたいなものですからね。
そういう魔界の生き物とは、無縁である生活を心がけることが大事だと思います。
・もし裁判を考えるなら、役所の無料相談所には行った方が良い
「おいおい、さっきと言ってることが違うんじゃないの?」
という声が聞こえてきそうですが、法律関係に慣れていない人は一度行ってみるべきだと思います。タダだし、体慣らしにゃちょうどいい。
クソブタ弁護士に当たる可能性もあるけど、それも良い経験ですよ。
――おしまい。全部実話です。